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兵藤恵昭の blog

団塊世代のおっさんです。思いついたことを勝手に書いています。

次郎長のお目付け役博徒・安東文吉という人

安東文吉は駿河国府中(現・静岡市駿河区)に一家を構えた二足草鞋の博徒である。別名「暗闇の代官」「日本一の首つなぎ親分」と呼ばれ、その評価はさまざまである。 (博徒名) 安東文吉 (本名) 西谷文吉(生没年) 文化5年(1808年)~明治4年(1871年) …

品川台場建設に貢献した博徒・大場久八という人

大場久八は、韮山代官江川太郎左衛門の要請により、兄弟分である甲州豪商天野海蔵とともに、品川台場建設に協力した博徒として有名である。 (博徒名) 大場久八 (本名) 森久治郎 (生没年) 文化11年(1814年)~明治25年(1892年) 享年79歳 上州への旅…

悪者にされた勤皇博徒・黒駒勝蔵という人

黒駒勝蔵は、清水次郎長の敵役として有名で、その生涯は喧嘩に明け暮れ、最後には官軍の兵士でありながら、博徒の罪で処刑された謎多き運命をたどった博徒である。 (博徒名)黒駒勝蔵 (本名)小池勝蔵(生没年)天保3年(1832年)~明治4年(1871年) 享年…

偽官軍の名で殺された美濃博徒・水野弥三郎という人

皆さんは幕末に偽官軍として、信州下諏訪で処刑された「赤報隊」のことをご存じだろうか?その後、昭和になって亡霊のように、朝日新聞襲撃事件において「赤報隊」の名が使用された。この赤報隊に深く関わり、最後は自ら縊死した博徒が水野弥三郎である。 (…

ヒーロー博徒・国定忠治という人

国定忠治を、幕府代官の羽倉外記が「赤城録」で、「凡盗にあらずして劇盗なり」と言わしめたのは、忠治が相応の学問を修め、かつ剣術にも深くかかわっていたためである。忠治は、赤城の山に立てこもり、代官や関東取締出役と対決した博徒として有名である。…

会津小鉄という人

京都の会津小鉄会が山口組の抗争で話題となっている。会津の小鉄は関東の大前田英五郎、東海の清水次郎長に対して関西の小鉄と呼ばれた博徒である。生まれはどこかわからないが、秩父、坂東、西国、四国巡礼を母親とともに放浪旅をしながら育ったと言われて…

美談で作られた火消の頭・新門辰五郎という人

新門辰五郎は、江戸浅草金竜山浅草寺に住み、鳶仕事師の親分、町火消十番組の頭であり、浅草寺の香具師、大道商人等の総元締めである。 辰五郎は、寛政12年(1800年)下谷山崎町飾り職人中村金八郎の長男として生まれ、その後、上野輪王寺の家来町田仁衛門の…

長寿を全うした博徒・大前田英五郎という人

大前田英五郎(栄五郎とも書く)は、国定忠治より18歳、年長で忠治から「おじご」と呼ばれ、同盟関係にあり、また、忠治の保護者でもあった。大前田英五郎は、上州勢多郡大前田(現・前橋市大前田町)に生まれた。父の名は久五郎といい、家は名主の家柄で父…

信州の博徒・間ノ川又五郎という人

信州長野は、昔から博徒が関八州の追手からの逃亡する場所として知られている。国定忠治も関八州取締から何回も信州へ逃れている。長野善光寺は全国から参拝者が来るので、博徒が身を隠すには便利なのだ。 間ノ川又五郎も上州生まれで、旅暮らしの結果、信州…

義理と人情に生きた博徒・吉良仁吉という人

吉良仁吉は村田英雄の歌「人生劇場」で有名な博徒である。清水次郎長の子分として、荒神山の喧嘩で壮絶な死を遂げた義理と人情に生きた博徒でもある。 (博徒名)吉良仁吉 (本名)太田仁吉 (生没年)天保10年(1839年)~慶応2年(1866年) 享年28歳 勢州…

関東取締出役を翻弄した博徒・石原村幸次郎という人

武州熊谷石原村(現・埼玉県熊谷市)の無宿幸次郎という博徒をご存じであろうか? 石原村幸次郎は、嘉永2年(1849年)、武蔵国熊谷宿あたりに突如出現し、武装したアウトロー集団を結成、次々と殺人、強盗、拉致傷害などしたい放題、挙句の果てに逃亡、甲州…

一揆鎮圧に協力した博徒・小川幸蔵という人

幕末から明治にかけ、武蔵国多摩郡の博徒に、小金井小次郎と小川幸蔵の二人がいた。だが、小川幸蔵は世間によく知られた博徒ではない。北島正元長の著書「幕藩制の苦悩」は当時の博徒について次のような記述がある。 「博徒の本場と言われた上州には、国定忠…

次郎長兄弟分博徒・寺津間之助という人

寺津間之助(本名・藤村甚助・父親の名を襲名した。)は、清水次郎長より一つ年上で、次郎長と4分6の兄弟分の杯を交わした、三州幡豆郡寺津村(現・愛知県西尾市寺津町)の博徒である。幕末の寺津村は、上横須賀村とともに沼津藩の飛び地領地として、大浜陣…

関東取締出役との抗争で自決した博徒・勢力富五郎という人

講談「天保水滸伝」で有名な総州下総国(現・千葉県)の博徒で、二足草鞋で関東取締出役道案内の飯岡助五郎と地元博徒の笹川繁蔵がいた。勢力富五郎は、この笹川繁蔵の子分である。親分の繁蔵が助五郎に謀殺された後、親分の仇討ちのため、助五郎を狙って、…

新門辰五郎の弟分博徒・小金井小次郎という人

小金井小次郎は、武州多摩郡下小金井村(現・東京都小金井市中町・本町付近)を縄張りとし、数千人の子分を擁したと言われ、明治に刊行の戯作「落花清風慶応水滸伝」で有名になった博徒である。また、小次郎は、博打で島流しになったにも関わらず、ご赦免で…

八丈島を島抜けした「博徒・佐原喜三郎」という人

黒船来航で騒がしい幕末の天保9年(1838年)7月に、鳥も通わぬと言われた八丈島から島抜けに成功した博徒がいた。総州(下総国)香取郡佐原村(千葉県香取市佐原)の豪農出身の博徒・佐原喜三郎である。 (本名) 本郷喜三郎 (博徒名) 佐原喜三郎 (生没年…

新島を島抜けした博徒・竹居安五郎という人

竹居安五郎とは、伊豆新島から島抜けに成功、地元甲州に帰還、黒駒勝蔵を子分にもつ武闘派博徒で、通称「吃安」の名で有名な博徒である。 (博徒名)竹居安五郎 (通称)吃安 (本名)中村安五郎 (生没年)文化8年(1811年)~文久2年(1862年) 享年52歳 …

平井一家三代目原田常吉④(博徒史 その10)

晩年の原田常吉の行動を知らせる新聞記事が扶桑新聞に載っているので下記に紹介する。 「侠客の美挙」 (明治31年10月28日付けの新聞記事) 「三河国宝飯郡豊秋村大字平井、原田常吉は名を遠近に知られたる侠客なるが、去る頃より専ら教育等公共事業 …

平井一家三代目原田常吉③(博徒史 その9)

次郎長との手打式後、原田常吉は東三河最大の博徒親分にのし上がった。しかし、明治17年の賭博犯処分規則で捕縛され、懲役7年の判決を受けて、名古屋監獄に収監される。この時の原田常吉の獄中での行状を記した資料に「第24号行状碌」という名古屋刑務所…

平井一家三代目原田常吉② (博徒史 その8)

原田常吉は弟の善六を殺した斧八の用心棒を殺害した以降、徐々に一家の勢力も戻ってきた。明治6年、常吉は赤坂宿の旅籠こい屋にて、盟友清水の次郎長と密かに面会した。二人は懐古談のなかで和解の糸口を見つけ、明治13年6月、浜松の料亭島屋で手打式が…

平井一家三代目原田常吉① (博徒史 その7)

博徒に一代記などの伝記は少ない。その理由の一つは、識字力のある博徒が少なく、資料が残っていないこと、二つ、アウトロー的存在のため事実関係を知られたくないことなどが挙げられる。そのため、浪曲、小説などで偶像化された形の伝記が多く、その正確さ…

明治17年博徒大刈込(博徒史 その6)

明治14年、松方大蔵卿のいわゆる松方デフレ政策で米価が値下がりする一方、増税により、小作農への転落による農民層の貧困化が激しくなっていた。この情勢の中、明治15年から明治18年にかけて全国で農民の騒擾事件が続発する。同じ時期に明治政府によ…

清水一家の小政の獄死(博徒史 その5)

賭博が社会悪として古くから禁制とされていたことは良く知られている。その歴史、方法は、尾佐竹猛氏の著書「賭博と掏模の研究」に詳しく書かれている。静岡県における明治初期の賭博取り締まりの実例として、「明治初期静岡県史料」第3巻に次のような判決…

清水一家の襲撃に対する平井一家末弟善六の復讐戦(博徒史 その4)

三河の博徒、平井亀吉には善六という末弟がいた。次弟である常吉が新島に流罪中は、亀吉の片腕として賭場の管理など、一家を仕切っていた。清水一家による平井一家襲撃のあった日その時は丁度所用で外出していた。帰宅後、惨劇の跡を見て、善六は地団駄を踏…

尾張博徒の近藤実左衛門と元相撲取り三州博徒の雲風の亀吉(博徒史 その3)

尾張の博徒、近藤実左衛門は、戊辰戦争において尾張藩の代わりに官軍側として戦った地元博徒により編成された戦闘集団「集義隊」の指導者であった。尾張藩は藩士を出すのではなく、地元博徒にその身代わりをさせたのだ。 尾張藩は親藩として、幕府側に立つべ…

船を活用した清水一家の喧嘩(博徒史 その2)

次郎長にとって、博徒として売り出し中であった30歳代半ばのころは、まさに博徒として危機の時代でもあった。 安政5(1858)年、甲斐の親分祐典仙之助と不和の中で、讃岐の金比羅に詣でたのち、久六を殺害した。 決戦前の金比羅詣では、実父の金比羅信…

次郎長一家による雲風亀吉・黒駒勝蔵襲撃事件(博徒史 その1)

元治元年6月、黒駒の勝蔵が平井村(豊川市平井町)の亀吉のところに逗留しているとの情報を得た次郎長は、急遽、平井襲撃を思い立った。次郎長一家に、寺津間之助、吉良の仁吉、形原の斧八一家の者を加えた、総勢34名が平井に最も近い形原の斧八一家(現在…

博徒・形ノ原斧八という人

清水次郎長の弟分として義理を尽くした博徒として形原一家の初代親分である「形ノ原斧八」がいた。 博徒名 形ノ原斧八 (本名・市川斧八) 生没年 天保1年(1830年)~明治23年(1890年) 享年60歳 生まれは三州宝飯郡形ノ原(現在の愛知県蒲郡市形原町)で…

遊侠の人、博徒 原田常吉という人

幕末の博徒で国定忠治、清水次郎長を知っていても、原田常吉を知っている人は少ない。原田常吉(博徒名・平井常吉)とは、幕末から明治にかけて、愛知県宝飯郡小坂井町平井(現在の豊川市小坂井町平井)を本拠として、東三河一円に勢力を有した「平井一家」…

八丈島女流人お豊という人

伊豆七島でも女流人の占める割合は高い。いつの時代にも1人や2人の女流人は必ず存在した。吉原出身の女流人の多さが目立つ。その中に八丈島の三根村に送られた女流人に吉原遊女の「お豊」がいた。お豊は新吉原京町2丁目伊八店遊女屋「もせ後見仙右衛門」…

アジアインフラ投資銀行と日本

中国が主導するアジアインフラ投資銀行参加国が57ケ国となり、先進国で不参加国は日本、米国、カナダだけになった。カナダは今後の参加を検討している様なので米国に忠誠を捧げているのは日本だけになりそうだ。中国のAIIB設立意図はアジア諸国に対する…

流人「沼崎吉五郎」という人

NHKドラマ「花燃ゆ」で吉田松陰が話題となっている。この松陰が江戸伝馬町獄舎に入牢したとき、一緒になったのが牢名主の沼崎吉五郎である。吉五郎は松陰の最後の指導書「留魂録」を門下生への送付を牢内で託された人物である。「留魂録」とは、冒頭に、…

「黒沢止幾(とき)」という人

桂文庫の「江戸期の女たちが見た東海道」柴桂子著の本の中に「黒沢止幾(とき)」が大坂から唐丸籠で江戸の伝馬町の牢獄へ護送される際に、東海道の宿場で詠んだ歌が載っている。当時、女性の重罪人送りは珍しく、街道筋では一目見ようと見物客が詰めかけた…

「中居屋重兵衛」という人

今年、3月中旬、万座温泉へ群馬の旧友と宿泊した。その途中で、旧友に上州中居村(現群馬県嬬恋村)出身の中居屋重兵衛のお墓へ案内された。中居屋重兵衛は幕末、佐久間象山等多くの志士との交流があったことが知られている。中居屋重兵衛は幕末の横浜開港…

小説「実録 頭取交替」

地方銀行再編が話題になっている。最近、面白い小説を見つけた。地方銀行役員の内部抗争事件をドキュメントで小説化したものである。 講談社「実録 頭取交替」である。著者は山口銀行の元役員である。内容は元頭取で現在相談役をしている人物が指導して、現…

官製株価相場はいつまで続く?

2015年を明けてからの株価の日々の変動が激しい。日本経済が後退期を迎えており、欧州経済も不透明感が目立ってきたからだ。今年は欧州の政治、経済リスクが世界経済を大きく左右させるだろう。 株価は政府の株価維持政策とヘッジファンドの攻防戦の毎日であ…

アベノミクスは銀行貸出金を増加させたか?

銀行・信金の貸出金の前年比増加率が堅調に伸びている。安倍政権は貸出金の増加をアベノミクスの成果であると言う。日銀のマネーベース増加政策の効果が出始めているとも言う。本当だろうか? 下記の図を見ればわかるように、銀行・信金の貸出金増加は201…

「小渕志ち」という人

今から120年ほど前、明治12年、東海道二川宿に伊勢参りに行く駆け落ちの夫婦が逗留した。この旅人に宿の者が「どこから来なすった」と聞けば、上州(群馬県前橋市)からだと言う。「それなら繭から糸を作ることはご存じか」と尋ねると「それが商売ですわ」と…

東海地区の地銀再編は進むか?

昨年は地方銀行の再編が話題となった。安倍政権の地方創生に絡み、金融庁も地銀の再編に積極的である。金融庁長官による地銀経営者への地銀再編要請もあった。 東海地区は名古屋金利と言われ、金融機関の競争が激しく、各金融機関の利ザヤも縮小傾向で、金融…

2015年株価はどうなる?

2015年株価は年末から続落でスタートした。今年は安倍首相も言うようにアベノミクスの正念場である。円安で上昇した株価も個人消費の低迷で本格回復には程遠い。さらに逆オイルショック、欧州危機の再来リスクがあり、米国の景気回復に依存した日本経済の不…

倒産件数減少と弁護士業界

安倍首相が言うように、昨年は上場企業の倒産は一件もなかった。上場企業だけでなく、一般企業の倒産件数もここ10年間で大幅に減少した。 司法統計の数字をみると、破産、民事再生など倒産事件数は、平成15年をピークに減少の一途をたどり、平成25年時点で平…

禅僧・福山黙童について

(福山黙童の墓) 豊川市御津町西方 東光寺にある。 豊川市御津町 東光寺・福山黙童の墓|東三河を歩こう 福山黙童の経歴 天保12年(1841年)5月11日三河国宝飯郡西方村の小林伝六郎の5男として出生。しかし6歳のとき父伝六郎は死亡。 安政元年春14歳の時、…

選挙後、景気は回復するか?

アベノミクスの賛否を問う総選挙は与党の圧勝に終わった。では、選挙後の景気はどうなるだろうか? 円安も一服して、株価も17,600円前後で高止まりしている。年末かけてこのままの状態が続くだろう。最近の原油安がアベノミクスに救いの手になっているためだ…

アベノミクスで景気回復したか?

今日は総選挙投票日、選挙争点であるアベノミクスが安倍首相の言うように景気回復になったのかを考えてみる。第2次安倍内閣が成立したのは2013年1月である。前年の2013年と経済指標を比較する。2014年の数字は確定していないので12年と13年の2年の比較とする…

ジャパンマネーの動き

アベノミクス以後、円安が進んでいる。9月に入りドル円は107円台まで円安となっている。今後、この流れの中でジャパンマネーは本格的に動き出すのだろうか? 今年になって海外投資は確かに増加している。しかし、その投資の主体は黒田日銀の異次元緩和による中央…

アベノミクスの破綻

毎日、安倍政権の内閣改造のニュースが話題となっている。安倍政権は今まで高支持率に支えられてきたが、ここにきて陰りが見え始めた。この政権は株価重視の政権であり、支持率は株価と同じ動きをする。そのため国民の年金資金まで株式投資に投入して、株価…

インフレ政策は本当に良いのか?

日銀黒田総裁が平成27年度目標インフレ率2%確保が確実だと発表した。これでデフレ脱却できると万々歳の表明である。しかし、本当にそうなのか?デフレ脱却できれば物価上昇はすべてよい方向に向かうのだろうか? 消費税は8%に増税され、物価上昇が続いて…