兵藤恵昭の blog

団塊世代の特定社会保険労務士。博徒史、アウトロー中心に書いています。

仙台の博徒・丸屋忠吉という人

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仙台の侠客・丸屋(鈴木)忠吉を知っている人は少ない。

丸屋忠吉は幕末博徒の大前田英五郎、大場久八、相模屋政五郎と並んで、全国的に名を知られた博徒である。庶民的には国定忠治清水次郎長が講談で有名だが、当時の大物博徒・親分とは前者の博徒を指すのが一般的である。

蛮社の獄で捕縛された蘭学者で医師・高野長英が江戸の伝馬町牢屋敷を火災に紛れて脱走した。その長英が故郷の奥州・水沢に住む母親に一目会うため、東北へ逃亡の旅に出た。

当時、長英脱走の事実を知りながら、密かに母親と長英との面会の労を取ったのが仙台の侠客・丸屋忠吉である。
その後も、忠吉は長英の逃亡を支援し、博徒仲間の連絡網を使って長英の逃亡を手助けした。まさに侠客の名に値する博徒である。

※上の写真は丸屋(鈴木)忠吉の墓である。仙台市若林区成田町の冷源寺の境内にある。

※下の写真は忠吉が仙台に相撲巡業に招いた相撲取り(磯五郎)と行司が巡業中に死亡したため、忠吉が二人のために建立した相撲取り(大きい方の墓)と行司(隣の小さい墓)の墓である。

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